大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)8138号 判決 1988年5月30日
原告
甲斐ヨミ子
右訴訟代理人弁護士
細見利明
原告補助参加人
守口市
右代表者市長
喜多洋三
右訴訟代理人弁護士
重宗次郎
被告
株式会社中川製作所
右代表者代表取締役
中川輝雄
右訴訟代理人弁護士
西浦義一
同
西浦一成
同
西浦一明
主文
一 被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、本訴によって生じた分はこれを二〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とし、参加によって生じた分はこれを二〇分し、その一を被告の、その余を補助参加人の各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原動機を使用する金属のプレス及び切断の作業の工場として別紙物件目録記載の建物を一切使用してはならない。
2 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「被告建物」という。)の東隣に建物(以下「原告建物」という。)を所有し、その一階部分については精密試作品及び精密治工具の委託加工場として現にこれを使用し、また、二階部分についてはこれを昭和五七年一二月までは住居として、その後は事務所としてそれぞれ使用してきたものである。
2(一) 被告は、昭和四七年被告建物を新築した。
(二)(建築基準法違反)
原告建物及び被告建物は、現在、都市計画法上、第二種住居専用地域内に位置しているが、被告建物新築当時の用途地域は住居地域であった。ところで、建築基準法によれば、住居地域においては原動機を使用する金属のプレス及び切断を事業内容とする工場は建築してはならないことになっている。それにも拘らず、被告は、主要用途を「事務所、倉庫」と偽って建築確認申請し、昭和四七年七月二七日建築主事からその確認を得たうえ、実際には工場である被告建物を建築したものである。なお、被告は、昭和四八年五月四日、守口市長木﨑正隆(以下単に「守口市長」という。)から、建築基準法に基づき、「建築物を住居地域内において建築することができる建築物に用途を変更すること」を命ずる旨の是正措置命令を受けたが、補助参加人に対し、「北海道に工場を建設中であるので、この工場ができたら、被告建物における操業は廃止する。」と言い逃れするのみで、実際には右命令に従わず、北海道恵庭市に工場を建設した後も被告建物において操業を継続している。
(三) 騒音の発生
被告は、被告建物新築前、同敷地上に平家建の建物(以下「旧建物」という。)を所有し、中川輝雄(被告代表者)がこれを住居として使用していた。そして、被告は、被告建物新築の直前ころから旧建物においてプレス作業を開始していたが、被告建物新築に伴い、旧建物の近くに有していた工場から被告建物内へ機械を移動し、そのうえ、金型と試作品の製造を主体とする、従来の作業内容を拡大し、次第に騒音の大きいプレス機械を使用するようになり、今ではこれを本業とするようになった。
(四) 騒音の程度
(1) 大阪府公害防止条例、同施行規則によれば、第二種住居専用地域における、昼間(午前八時から午後六時までの時間帯をいう。)の騒音許容限度は、工場又は事業場の敷地境界線上において五五ホンと定められている。
(2) しかるに、補助参加人の公害課が昭和五八年六月一〇日原、被告両建物敷地境界線上で測定した騒音の測定値は六四ホンであり、前記規制基準である五五ホンを約一六パーセントも上回り、工業地域なみの騒音を発生させているのである。なお、被告は、右測定の際、補助参加人の職員が測定に来ることを予知して極力騒音の発生をおさえているし、補助参加人も、原告建物と被告建物の間に入り込まずに測定しているので、右測定値は、実際に被告が発生させている騒音値よりも低くなっている。
(3) 訴外平野工材株式会社(以下「平野工材」という。)が昭和五九年三月二二日原告から委託を受けて原告建物と被告建物の間の敷地境界線上で測定した結果によれば、騒音レベルは七三ホン及び六九ホンであり前記規制基準をはるかに超えており、しかも低周波音も発生させている。
(4) 訴外電子測器株式会社(以下「電子測器」という。)は被告の委託を受けて昭和六〇年一一月一八日騒音を測定したが、その測定地点は別紙図面(一)表示の③の地点で、同地点は敷地境界線のなかでも被告建物内の騒音発生源たるプレス機械の存在する位置から最も離れた地点であるにも拘らず、六三ホンの騒音値を示し規制基準を超えている。
(5) 前記(2)の補助参加人の騒音測定及び前記(3)の平野工材の騒音測定は、いずれも、原告建物における作業を停止してなされたものであるし、もともと、原告はプレス作業を行っておらず、原告建物から外部に発する騒音もない。また、仮に原告建物から騒音の発生があるとしても、被告建物から発生する騒音との間には一〇ホン以上の開きがあり、このような場合、測定器は純粋に測定対象たる被告建物から発する騒音のみを把握し、暗騒音(測定対象外の騒音)は把握しないのである。よって、補助参加人及び平野工材による各測定値はもちろんのこと、電子測器による測定値も専ら被告建物を発生源とする騒音の測定値である。
3 被害の発生
原告は、被告が継続的に騒音を発生させることにより、原告建物内における静穏かつ良好な環境の下における精密機械工業の遂行を妨げられ営業生活を侵害されている。また、原告は、右騒音に耐えきれず、昭和五七年一二月には原告建物から他への転居を余儀なくされた。しかし、原告建物の二階は現在でも居住生活が営める状態にしてあり、原告は、右騒音がなければ同所に復帰する意思を有しているにも拘らず、それが果たせないでいる。よって、原告は、右騒音により、過去はもちろん現在においても原告建物内における居住生活を侵害されているといえる。
4 違法性
被告建物から発する騒音が行政上の規制基準を大幅に上回るものであることは前記のとおり明らかであるばかりか、騒音源である被告建物はそもそも建築基準法上それ自体違法なものであって、もとより、被告建物における操業はなんら公共性を有していない。これらの事実に加えて、原告の被っている被害の程度をも考え合わせると、被告の発生させている騒音は受忍限度を超えるものであることは明白である。
5 差止請求の法的根拠
(一) 違法な作業からの受忍限度を超える騒音の侵入は、被害者が支配する土地又は建物の所有権等の物権に対する侵害であり、この場合、被害者はその有する物権の妨害排除又は予防権能に基づき、違法な侵害の排除及び予防を求める権利を有するものというべきである。しかるところ、原告は被告の違法な作業からの受忍限度を超える騒音の侵入を受ける建物の所有者であるから、原告建物の所有権に基づく物権的請求権に基づき、被告に対し違法な作業の差止を求める権利を有するものである。
(二) 憲法一三条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定め、また、同法二五条一項は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定めている。これら憲法の規定は、人間の生命、自由、幸福追求等の諸要求を憲法の次元において保護することを明確に宣言したものである。そして、このような基本的人権に関する憲法の規定は、同時に私法の次元において、これら人間の生命、自由、幸福追求の権利を「人格権」という物権類似の権利としてその存在を認めたものというべきである。そこで、受忍限度を超える違法な作業から人格権の侵害を受けた被害者は、その有する人格権に基づき、違法な作業の差止を求める権利を有することとなる。しかるところ、原告は被告の違法な作業により、人格権の侵害を受けている。すなわち、
(1) まず、原告は被告の隣地で精密機械工業を営んでいるが、原告の営む右営業は憲法が保障する人間活動の一環としての基本的人権に由来するものであり、人格権の一内容を組成するものである。そして営業活動の側面における人格権は、他人から平穏な営業生活を害されることに対する妨害排除及び予防権能を包含する。しかるところ、被告は原告が営む営業に対し、違法な、受忍限度を超える騒音を発生させており、原告の人格権を侵害している。よって、原告は、その有する営業的側面における人格権に基づき、被告に対し、違法な作業の差止を求める権利を有するものである。なお、以上の点については、人格権のみならず、「営業権」という見地からもこれを基礎づけることができる。
(2) また、前記のとおり、原告が原告建物での居住生活を中断した原因は被告の放散する違法騒音のためであったのであり、これさえなくなれば同所に復帰できる状況にある。してみれば、原告は、被告の行う違法な作業のために、その有する幸福追求の権利すなわち人格権を侵害されているものといえる。この見地からも、原告が被告に対し人格権に基づき被告の違法作業の差止を求める権利を有することが明らかである。
6 慰藉料
原告は、前記3のとおりの被害を受け、これにより精神的苦痛を被った。右精神的苦痛を慰藉するには、一か月三〇万円が相当である。
7 よって、原告は、その有する建物所有権若しくは人格権に基づく妨害排除請求として、被告に対して、原動機を使用する金属のプレス及び切断の作業の工場として被告建物を使用しないよう求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、昭和五六年一一月一〇日から同六二年五月九日までの間(五年六か月間)の慰藉料合計一九八〇万円のうち一〇〇〇万円及びこれに対する本件口頭弁論終結の日である昭和六三年二月二二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 補助参加人の主張
補助参加人は、被告が建築基準法に違反して被告建物を建築したため、左記のとおり、被告に対して勧告や命令を繰り返したほか、再三にわたり行政指導をしてきた。
記
昭和四七年 七月二七日
建築確認
同年一二月二七日
隣地の甲斐春男(以下単に「春男」ともいう。)より通報有り、現地へいって用途違反であることを発見し、その後続けて指導したが従わない。
同 四八年 四月 六日
建築基準法九条二項の通知書を交付。
同年 五月 二日
建築基準法九条一項の命令をする。
同年 五月一五日
中川輝雄(被告代表者)より昭和四八年一〇月までに用途を変更するとの計画書の提出有り。
同年 六月一一日
用途地域が住居地域より第二種住居専用地域に変更される。
同年一〇月 末日
建築物の用途変更できず、その後も隣地の春男より時々苦情有り。
同 五五年 二月 一日
補助参加人が仲介して、中川輝雄と春男との話し合いの場を設定し、そこで震動、騒音について防止対策をすることで両者合意する。
同年 三月一九日
春男より振動がひどいとの苦情有り。その旨を中川輝雄に伝え春男と話し合うよう指示し、是正指導もする。
同 六〇年 四月 二日
部内会議を開き顧問弁護士の回答を受けて協議したところ、第二種住居専用地域になっても、被告がなんら是正せずに同じ作業を続けているので再度勧告、通知命令といった処分をすることになる。
同年 四月一二日
中川輝雄に命令の効力がなくなっていたため、再度勧告から命令まで処分をすると伝える。同人は、弁護士に相談すると言う。
同年 七月二三日
現地へ行き現在の状況を確認する。
中川輝雄に近日中に勧告すると伝える。
同年 八月二七日
被告に是正勧告書を送付する。
同年 九月 二日
住所変更したため、中川輝雄に直接是正勧告書を手渡す。
中川輝雄より改めて勧告書を出した事由を問われて説明をする(弁護士にも電話にて説明をする。)。
同年一一月 一日
被告に勧告書を再度郵送する。
同年一一月二二日
中川輝雄来庁する。
移転計画を昭和六〇年度としていたので、中川輝雄に対して検討すると告げる。
四階部分を一部撤去するよう指導する。
同年一一月二七日
中川輝雄に電話し、移転を昭和六四年度とするよう指示する。
同 六一年 一月一六日
建築基準法九条二項の予告通知を郵送する。
同年 一月二九日
建築基準法九条一項の命令書を郵送する。
三 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 認否
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二)(1) 請求原因2(一)の事実は認める。
(2) 請求原因2(二)ののうち被告が申請内容が虚偽であることを知りつつ建築確認申請手続をし建築主事を欺いた旨の、及び、被告が補助参加人に対し原告主張のような言い逃れをした旨の、原告の各主張はいずれも否認するが、その余は認める。
(3) 請求原因2(三)のうち被告が旧建物を所有していたこと及び本件建物を原動機を使用する金属のプレス及び切断のための作業工場として使用していたことは認めるが、その余は否認する。
(4) 請求原因2(四)(1)は認める。
請求原因2(四)(2)のうち、原告建物と被告建物の境界付近で規制基準を若干上回るところの概ね六五ホン前後の数値が計測されたことは認める。
(三) 請求原因3ないし6はすべて争う。
2 主張
(一)の被告の設立、事業規模及び事業形態
(1) 被告は、昭和四三年に被告代表者中川輝雄の個人営業として創業されたものが同四五年に法人化されたものであり、主として訴外松下電子部品株式会社(以下「松下電子部品」という。)から電子物品の製造を下請している。被告は、資本金一〇〇〇万円で、被告建物を本社工場とするほか北海道恵庭市にも工場を有し、被告建物には一四名、恵庭工場には約一〇〇名の従業員がいる。
(2)(ア) 被告は旧建物においても既に昭和四三年ころから継続してプレス加工をしていた。
(イ) 被告は、被告建物新築当初、同建物に次の七台のプレス機械を備え付けていた。
① ノートン・一〇トン油圧プレス
一台
② クランクプレス三〇トン 一台
③ ドビー・二〇トンプレス 一台
④ トルクパックプレス二二トン
一台
⑤ クランクプレス二五トン 一台
⑥ クランクプレス二〇トン 一台
⑦ クランクプレス一〇トン 一台
(ウ) 被告は昭和五九年六月三〇日訴外株式会社アマダから新型トルクパックプレス二五トン(以下「トルクパックプレス二五トン」という。)二台を購入し、それと同時に、比較的騒音・振動の大きかった右①、②の各プレス機械を被告建物から撤去した。
(エ) 被告は昭和六一年一一月ころ右③のプレス機械一台とトルクパックプレス二五トン一台とを恵庭工場へ移設し、その補充をしなかったので、残り五台となり、現在に至っている。
(3) 被告建物内におけるプレス機械の作動時間は原則として午前八時三〇分から午後五時三〇分までであり、残業のあるときでも午後七時三〇分ころまでには停止する。そして、日曜、祝祭日は原則として休業している。
(二) 被告建物を発生源とする騒音は受忍限度を超えるものではない。
(1) 暗騒音の影響
(ア) 一般に工場等から発生する騒音の他への影響度(寄与度)を論じるには、その周辺において現に発生している隣家や交通に起因する騒音(暗騒音)のもつ影響をも考慮しなければならない。なぜなら、それらが競合してより大きな騒音が発生しているのが通常であるからである。本件においても、原告建物における機械作業による騒音や、被告建物西側の道路の車両の通行によるそれ等が、被告建物のそれと競合している、ということを念頭において考えるべきである。それにも拘らず、原告は、不当にもこれらの重要な諸点を全く度外視しているものである。
(a) 原告建物より発生する騒音
原告は、原告建物内にワイヤーカット二台、放電加工機二台及びフライス二台を所有しているが、これらを稼働させて作業をする際に騒音が発生している。
① 昭和五九年二月二九日、被告が被告建物内の機械を全部停止させて、同建物の原告建物側の一、二階窓から境界付近において、稼働中の原告建物から発生している騒音を測定したところ、二階付近で六〇ないし六五ホン、一階付近で五二ないし五四ホンという高いレベルに達していた。
② 昭和六二年一月二七日に実施された検証の結果(以下「第一回検証の結果」という。)によれば、原告建物のワイヤーカット二台及び放電加工機二台を同時運転したばあい、更にこれにフライスを一台ないし二台を加えて同時運転した場合原告建物内では六四ないし七一ホンの騒音が発生していた。
(b) 周辺の騒音
被告建物周辺は京阪電鉄の電車、各種自動車、オートバイ等がひっきりなしに通行し、また近隣に住居、工場等が密集しているため、被告建物内の機械を全部停止したとしても、なお常時騒音が存在している。
① 昭和五九年二月二八日午前一〇時から同一一時までの一時間において、被告建物西側に設置され、一方通行の交通規制のなされた幅員四メートルの道路上の車両通行量は、モーターバイク、軽トラック、普通乗用自動車、大・小型トラック等合計八二台であり、その際に発生する騒音は七〇ないし七五ホンであった。
② 第一回検証の結果によれば、電車通行時の騒音は六二、五八ホン、自動車や単車では七五、七一、四八ホンであった。
③ 昭和六二年六月二三日に実施された検証の結果(以下「第二回検証の結果」という。)によれば、原被告建物内のすべての機械を停止して両建物敷地境界上で測定した暗騒音は、中央値で四九ホン(下端値四六ホン、上端値六四ホン)であった。
(イ) ところで、騒音の測定場所は工場又は事業所の敷地境界線上とされており、本件でも、同線上での測定結果によれば、規制基準を若干上回るものもみられる。しかし、受忍限度を考える場合には、単に敷地境界線上での騒音のみならず、当該工場又は事業所内での騒音状況をも勘案するべきである。しかるところ、原告建物に設置された機械(ワイヤーカット、放電加工機)より発生する独自の騒音もあるため、ほとんど被告建物内より発生する騒音の影響はみられないのである。従って、本件にあっては受忍限度を超える騒音状況にあるとは到底いえない。
(2) 被告の講じた防音対策等
(ア) 春男からの苦情申入れに対する対応
被告がプレス工場を始めて以来、その騒音について苦情の申入れを受けたのは、原告の夫である春男のみからであり、その他の近隣住民等からの苦情は全くなかった。しかも、同人からの苦情の申入れすらも、被告建物内でたまたま一時的に強い音の出る作業をしている時になされるのが通例であった。そして、それは、具体的には、概ね次のようなものであったが、被告はいずれに対しても常に誠意をもって対処してきた。なお、以下に掲記する(b)ないし(d)の各申入れは、補助参加人の公害担当者を通じてなされたものであった。
(a) 昭和四七年ころ被告建物の屋外階段の昇降音についてなされた苦情申入れに対し、各段にマットを敷いて音を解消した。
(b) 昭和四九年ころ被告建物内の反響音についてなされた苦情申入れに対し、天井に吸音材を貼り付けて音を解消した。
(c) 昭和五〇年ころ振動についてなされた苦情申入れに対し、プレス機械に二重防振装置を取り付けてこれを解消した。
(d) 昭和五二年ころ騒音についてなされた苦情申入れに対し、被告建物出入口扉に自動開閉装置を取り付けて、扉の開閉状態による騒音の外部への漏れを解消した。
(イ) 防音工事
被告は、昭和六二年三月、被告建物一階の窓三か所(別紙図面(二)表示の(イ)、(ロ)、(ハ)の各位置)を取り壊して、コンクリートを塗り込んで防音壁とし、さらに、西側道路に面したシャッター付出入口のガラス戸(同図面(二)表示の(二)の位置に設置されたもの)を引戸に作り替え、遮音した。
(3) 騒音の現状
(ア) 第一回検証の結果によれば、敷地境界線上の騒音レベルは五二ないし五五ホンであり、規制基準値以下である。また、原告建物二階居間窓寄りの位置では三七ないし四一ホンに過ぎず、これは図書館内程度の静けさであって、日常生活への影響は全くない。
(イ) 第二回検証の結果によれば、敷地境界線上では四六ないし五〇ホン、原告建物二階居間窓寄りの位置では三六ないし三九ホンであって、右いずれの測定値も第一回検証の結果と比較して明瞭に騒音レベルが低下している。のみならず、右各測定値は敷地境界線上で常時発生している暗騒音(中央値で四九ホン)とほとんど差異がない。また、現実の音の聞こえ方は、敷地境界線上では、「スットン、スットン」又は「シュートン、シュートン」といった軽くて低い音で、車が走行すると全く聞こえない程度であり、原告建物二階居間では、全く聞こえないか又は聞こえても他の生活音がすればたちまち特定できなくなる程度の音であって、近隣になんら影響を及ぼしていない。
四 補助参加人の主張に対する被告の認否
被告が昭和四七年七月二七日被告建物につき、建築確認を得たこと、守口市長が被告に対して同四八年四月六日是正措置の通知を、継いで同年五月二日是正措置の命令を、それぞれ発したことは認めるが、その余は知らない。
五 抗弁
仮に被告建物から発生する騒音が受忍限度を超えるものであり、原告に本件差止請求権が存するとしても、その行使は権利の濫用であり、容認さるべきではない。すなわち、被告建物における作業形態は昭和四五年以来(旧建物も入れると昭和三八年ころからとなる。)ほとんど変化なく今日に至っていること(むしろ、昭和五九年七月からは、機械を入れ変えたことにより騒音は減少している。)、前記の如く原告建物内においても原告所有機械より相当の騒音が発生していること、被告建物の騒音に対する苦情の申出は、今日まで春男以外に全くなく、同人だけが偏執的に申入れていること、被告が同人から騒音について直接苦情の申入れを受けたのは僅か三回に過ぎず、しかも、被告はこれに対していずれもその都度速やかに改善していること、被告建物での作業が差し止められ、他所に代替地を求めなければならないとすれば、被告は計り知れない損害を被ること等の諸事情を彼此総合的に勘案すると、差止請求権の行使は権利濫用にあたること明白である。
六 抗弁に対する認否
1 すべて争う。
2 被告が権利の濫用として主張する各個の事実はいずれも理由を欠くものである。まず、被告は被告建物における操業は昭和四五年以来変化なく今日に至っていると主張しているが、被告の違法操業が変化なく今日に至っていることは、それだけ被告の悪性を裏付けるだけであって、被告を擁護するなんの理由ともなしがたいものである。被告は昭和五九年七月からは機械を入れ換えたことにより騒音は減少していると述べているが、それ以降も現に規制基準に違反する騒音を排出している。さらに、被告は被告建物の騒音に対する苦情の申し出は今日まで原告の夫以外に全くなかったと主張している。このような被告の主張は、「原告以外にも被告建物の騒音により被害を被るものが多数いるにもかかわらず」一人原告のみが被告に苦情を申し入れているという前提を付加して初めて主張としての合理性を有することとなる。しかし、事実は異なり、周辺地域において被告の工場騒音により被害を被るのは原告のみなのであるから、被告の右主張は前提を欠いており、主張として成立する余地がない。そして、被告は春男から直接苦情の申し出を受けたのは過去僅か三回に過ぎず、かつ、被告はこれについてそのつど速やかに改善していると主張するのであるが、改善された事実は存在しないのみならず、直接申し入れても聞きいれない被告に対し、原告が行政庁を通じて改善を求めたのは当然の行為であり、これを被告が自己の有利に援用する理由はない。また、被告の営業は被告の利益追求の目的のための違法営業である。被告は、建築基準法上存立の余地がない違法建築物を所有し、かつ、同所において規制基準に違反する騒音を発生させ、これら法規に違反する行動により十分に利益を上げてきてきた。差し止められると計り知れない損害を被るとは、被告の営業が公益を目的とする場合であるとか、今日の社会において正当と認められたものである場合に限って言えることである。
第三 証拠<省略>
理由
一1 居住状況、建物利用状況、操業形態
(一) 原告が被告建物の東隣に原告建物を所有しその一階部分については精密試作品及び精密治工具の委託加工場として現にこれを使用し、また二階部分についてはこれを昭和五七年一二月までは住居としてその後は事務所としてそれぞれ使用してきたこと、被告は旧建物を所有していたが昭和四七年に同敷地上に被告建物を建築し同建物を原動機を使用する金属のプレス及び切断のための作業工場として使用していることについてはいずれも当事者間に争いがない。
(二) <証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(1) 原告は、昭和四〇年に原告建物(登記簿上の表示軽量鉄骨造陸屋根二階建工場兼居宅)を新築し、一階を旋盤と金型加工の工場として、二階を住居として使用を始めた。なお、当時、西側隣地(すなわち後に建築された被告建物の敷地)上には木造平屋建の旧建物が建っていた。
(2) 原告は夫春男と長男和弘との三人家族で、対外的には自己が事業主となっているが、実質上経営の采配を振っているのは夫春男である。原告(事業主体が形式上原告となっているので、原告のみを掲記することとするが、原告の事業活動に関する、以下の認定は、すべて、春男に関することでもある。)は、原告建物につき建築確認を得た際プレス機械の使用を禁止されていたにも拘わらず、昭和四一年六月小型のプレス機械を導入したが、同年一一月にはその使用を廃した。原告は、昭和四二、三年ころ、事業内容を変更し、精密加工業に転じ、橋波製作所という商号を使用して事業を継続している。原告建物の一階にはワイヤーカット二台、放電加工機二台及びフライス二台が設置されており(第一回検証時)、原告はこれらを使用してコンピューター用集積回路部品等を製造している。また、平日の操業時間は、午前八時から午後六時までであり、日曜日、祝祭日は休業している。
(3) 原告の長男和弘は昭和五四、五年ころ高校進学の受験勉強の場所として閑静な住宅を希望しアパートを借りそこに転居し、昭和五七年一二月以降は肩書住所地において原告家族全員が再び一緒に暮らすようになった(すなわち、原告は昭和五七年一二月原告建物から肩書住所地へ転居した。)。原告建物二階の間取りは別紙図面(一)表示のとおりであって、現在住居の用に供されていないが、いつでも居住できるように家財道具等が設置されている。
(三) <証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は右認定に沿う前掲記の各証拠に照らし採用することができず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 中川輝雄は、旧建物から近い北東の位置(被告の、現在の本店所在地)に工場兼事務所を有しプレス作業を行っていたが、昭和四二年ころ旧建物を取得して内部を改造し、三分の一は工場、残りは住居として使用を始めた、その後、同人は住居を他所へ移し、漸次プレス機械を旧建物内に搬入して、旧建物全体をプレス工場として使用するようになった。
(2) 被告は昭和四五年に資本金三〇〇万円で発足し、中川輝雄が代表取締役に就任した。被告は同人の個人営業を引き継ぎ、主として松下電子部品の下請業者として電子部品の製造を行っている。
(3) 被告は昭和四七年に旧建物を取り壊しその跡地に被告建物を建築し、一、二階は工場として、三階は倉庫として使用を始めた。そして、一階には、旧建物内で使用していたプレス機械を搬入し、翌四八年に新たにプレス機械一台を購入し、これも一階に設置した。すなわち、右当時の被告建物内のプレス機械は、次の七台であった(いずれも各一台ずつ)。①ノートン・一〇トン油圧プレス、②クランクプレス三〇トン、③ドビー・二〇トンプレス、④トルクパックプレス二二トン、⑤クランクプレス二五トン、⑥クランクプレス二〇トン、⑦クランクプレス一〇トン。
被告は、昭和五九年六月三〇日、トルクパックプレス二五トン二台を購入し、それと同時に、比較的騒音の大きかった右①、②の各プレス機械を被告建物から撤去した。被告は、昭和六一年一一月ころ、右③のプレス機械一台とトルクパックプレス二五トン一台とを北海道恵庭市にある被告の工場へ移転した。以上の結果、現在、被告建物(一階)に存在するプレス機械は、右④ないし⑦のプレス機械とトルクパックプレス二五トン一台との計五台であり、それらの位置関係は、別紙図面(二)表示のとおりである。
被告建物の二階にはワイヤーカット一台及びエキセンプレス五台が設置されている。
(4) 被告が主として稼働させている機械は一階に設置しているプレス機械で、二階に設置してある機械についてはワイヤーカットを稼働させることはあるが、エキセンプレスは殆んど稼働させていない。プレス機械のうち常時稼働させているのはクランクプレス二〇トンとトルクパックプレス二五トンとの二台である。トルクパックプレス二二トンとクランクプレス二五トンを稼働させることもあるが、そのばあいでも、稼働時間は前者で一日三時間ないし四時間位で、後者で一日二時間位である。五台のプレス機械を同時に稼働させるということはない。なお、被告建物内で作業に従事する従業員の人数は、設立時から現在に至るまで終始約一二名であったが、そのうちプレス作業担当の従業員は現在三、四名であり、被告建物における作業内容中、一番大きな音の出る作業は、金型をプレス機械で打ち抜く作業である。
(5) 被告建物における操業時間(第一回検証時)は、原則として午前八時三〇分から午後六時三〇分までであり、日曜日は原則として休業している。
(四) 原告本人尋問の結果及び第一回検証の結果によれば、原告建物の西壁面と被告建物の東壁面とは約五〇センチメートルの間隔で接近していること、及び、原告は被告建物完成後六か月位経過したころ原告建物二階西側壁面の開口部に取り付けられた窓を二重窓としたことが認められる。
2 騒音レベル、騒音の性質
<証拠>によれば、後記(一)ないし(五)の各事実が認められる。
乙第八号証のうちにはEポイントにおける騒音レベルが六一デシベル(A)であるとの記載があるがレベルコーダーによって記録されたピーク値及び証人財部鉄已の証言に照らすと記載の誤りであると認められるので、右記載部分は採用しない。
なお前掲乙第三号証、及び、乙第四号証、同第九号証の一ないし三はいずれも被告代表者の作成にかかるものであるが(乙第四号証、同第九号証の一ないし三の各成立については被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。)、これらは、騒音計の機種、検定済みか否か、及び、測定方法が証拠上明らかでないばかりか、証明の目的で騒音レベルの測定を行う専門事業者による測定結果を記載した書面ではないので、直ちに採用することはできない。
ほかに後記(一)ないし(五)の各認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、第一回検証は、昭和六二年一月二七日午後三時から同五時までの間、補助参加人の公害対策課の職員(大林良彦、溝杭正芳)の補助の下に、騒音計(リオンNA―二〇)と高速度レベルコーダー(リオンLR―〇四)を用いて実施したものであり、第二回検証は、昭和六二年六月二三日午後二時一五分から同三時四二分までの間、同課の職員(前記二名のほか和田幸浩)の補助の下に、第一回検証の際に用いた測定器と同一機種の騒音計と記録計を使用して実施したものである。
さらに、JIS規格による騒音計を使い、聴感補正回路Aを用いたうえJIS指定の測定方法により測定したばあいに騒音計の示す数値をホン(A)というが、以下これをホンと略記する。
(一) 補助参加人の公害課が昭和五八年六月一〇日午後三時ころ被告建物を音源とする騒音レベルを測定したところ、被告建物と原告建物との間の境界付近で六四ホン、被告建物と西側道路との境界付近で八〇ホンと測定された。
(二) 平野工材は、原告から委託を受けて昭和五九年三月二二日午後五時二九分から同六時三六分までの間、JISZ八七三一の測定方法に準拠して騒音レベルを測定したところ、別紙図面(一)表示の①のところ(原、被告両建物の間の、地上約四メートルの高さのところ)で七三ホン(九〇パーセントレンジの上端値)、同図面表示の②のところ(前同)で六九ホン(前同)、同図面表示のfile_3.jpgのところ(原告建物二階内部)で四八ホン(前同)であった。また、右file_4.jpgのところで、聴感補正回路Cを使って周波数分析を行ったところ低周波が顕著に認められた(聴感覚としては、同じ騒音レベルのばあい、低周波の方が耐えにくい。)。なお、右の測定、いずれも、原告建物における操業を停止して行われた。
(三) 電子測器は、被告から委託を受けて、昭和六〇年一一月一八日、JISZ八七三一の測定方法(そのなかでもとりわけ、いわゆるピーク取りといわれるもので、レベルコーダーに記録されたピーク値の平均値をもって測定値とする方法)に準拠して測定したところ、別紙図面(一)表示の③のところ(原、被告両建物敷地境界北端付近)で六三デシベル(A)(被告建物のプレス五台稼働時。稼働したプレス機械の種類が証拠上明らかでないこと以下も同じ。)、同図面表示の⑤のところ(被告建物敷地と西側道路との境界付近)で六一デシベル(A)(プレス二台稼働時)、六三デシベル(A)(プレス三台稼働時)、六五デシベル(A)(五台稼働時)と記録された(なお、デシベル(A)はホン(A)と同義である。)。
(四) 第一回検証において測定された騒音レベル
第一回検証および後記第二回検証において、被告建物に設置されたトルクパックプレス二二トン、トルクパックプレス二五トン、クランクプレス一〇トン、クランクプレス二五トン各一台合計四台を稼働させたばあいと、右のうちクランクプレス二五トンを除外して残余の三台を稼働させたばあいとの二通りをサンプルとして測定を実施したが、以下、前者を「四台運転時」、後者を「三台運転時」という。
(1) 原、被告両建物敷地境界付近(別紙図面(一)表示の④の位置)における測定値は、三台運転時で五二ないし五三ホン、四台運転時で五四ないし五五ホンであった。
(2) 原告建物二階(別紙図面(一)表示のfile_5.jpgの位置)における測定値は、三台運転時で三七ないし三八ホン、四台運転時で四〇ないし四一ホンであった。
(3) 被告建物一階中央における測定値は、三台運転時で八四ないし八五ホン、四台運転時で八九ないし九〇ホンであった。
(五) 第二回検証において測定された騒音レベル
(1) 騒音レベル
(ア) 前記④の位置における測定値は、三台運転時で四六ないし四九ホン、四台運転時で四七ないし五〇ホンであった。
(イ) 前記file_6.jpgの位置における測定値は、三台運転時で三六ないし三八ホン、四台運転時で三七ないし三九ホンであった。
(ウ) 被告建物一階中央における測定値は、四台運転時で九〇ないし九二ホンであった。
(2) 騒音の聞こえ方
被告建物を音源とする騒音を実際に耳で聞いた状況は、次のとおりであった。
(ア) 前記④の位置においては、三台運転時で、「スットン、スットン」という小さな規則正しい音が聞こえたが、軽く低い音で、電車が走行通過するときにはほとんど聞き取れず、自動車、単車が通行すると全く聞こえなかった。また、四台運転時で「シュートン、シュートン」という右の三台運転時に比べればやや大きい程度の音が聞こえたが、音の周期性・特徴は三台運転時と同様で、電車、自動車、単車通行時の状況も右と同様であった。
(イ) 前記file_7.jpgの位置では、三台運転時は全く音を聞きとることができなかった。また、四台運転時は耳をすませば微かな「トーン、トーン」という音を聞きとることができたが、連続的には聞こえず、他の生活音がすれば全く聞きとれなかった。
二受忍限度の判断要素
被告が被告建物で操業することによって生ずる騒音が受忍限度を超える違法なものであるか否かを判断するにあたっては、次に認定するような諸事情も考慮されなければならない。
1 騒音規制
原告建物及び被告建物は都市計画法上第二種住居専用地域(被告建物建築当時は住居地域。)に位置し、大阪府公害防止条例、同施行規則により昼間(午前八時から午後六時まで)の騒音許容限度が敷地境界線上で五五ホンと定められていることについては当事者間に争いがない。なお、成立につき争いのない甲第一〇号証によれば、前記条例等をもって第二種住居専用地域における騒音許容限度は、昼間以外の、朝(午前六時から同八時まで)及び夕(午後六時から同九時まで)についてはそれぞれ五〇ホン、夜間(午後九時から翌日の午前六時まで)については四五ホンと定められていることが認められる。
2 地域性
<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 原、被告両建物は京阪電鉄守口市駅の東方、徒歩約三分位のところに位置している。
(二) 被告建物の西側には幅員約八メートルの道路(以下「西側道路」という。)が南北の方向に通じており、原、被告両建物の北側には幅員二メートル位の道路が、南側には幅員三メートル位の道路が、いずれも東西の方向に通じている。
(三) 西側道路の東側一帯は住宅が多く、工場としては、現在では、原、被告両建物の外には、それらの北東近くに被告の事務所兼工場があるくらいで、プレス機械を設置した工場ということになると被告建物以外にはない。また、西側道路の西側には京阪百貨店の駐車場及び駐輪場があり、その更に西側は京阪電鉄の高架軌道敷となっている。
(四) 西側道路上は、人や自動車等の通行が多く、また、前記高架上は、京阪電鉄の電車が定期かつ頻繁に往来通過する。
3 被告建物建築の経緯、原告の苦情申入及び行政庁の対応
(一) 建築基準法別表第二は、住居地域においては、原動機を使用する工場で作業場の床面積の合計が五〇平方メートルをこえるもの、及び、原動機を使用する金属のプレス若しくは切断を営む工場を建築してはならない旨定めている。
(二) <証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙第六号証中の供述記載部分及び被告代表者の供述は右認定に沿う前掲記の各証拠に照らし措信することができず、ほかに右認定に反する証拠はない。
(1) 被告は、昭和四七年、被告建物を建築することを計画した。そして、被告は、プレス機械を同建物に設置する意図を有していながら、これを秘し、主要用途を「事務所、倉庫」とし、床面積合計148.20平方メートル(一ないし三階の各階いずれも49.40平方メートル)とする建築確認申請をし、同年七月二七日建築主事から建築確認を得た(被告が右内容の建築確認申請手続をし右同日建築確認を取得したことについては当事者間に争いがない。)。
(2) 春男は、かねて被告が旧建物内でプレス作業をしていることにつき不快に思っていたところ、被告が旧建物を取り壊して被告建物を新築する計画を有していることを知るや、直ちに、被告に対し、新築建物にプレス機械を持ち込まないよう申し入れたが、被告の聞き入れるところとならず、現実に被告建物内にプレス機械が搬入されるのを目撃したので、昭和四七年一二月補助参加人の建築指導課に通報し行政指導するよう申し入れた。しかし、被告は、右行政指導にも従わなかった。
(3) 守口市長は、昭和四八年五月二日、被告に対し、被告建物を住居地域内において建築することができる建築物に用途を変更すべき旨の是正措置命令を発し、更に、同年六月一一日住居地域から第二種住居専用地域に用途地域の変更がなされたことに伴い、同六一年一月二九日、被告に対し、同趣旨の是正措置命令を発した(守口市長が被告に対し右第一回目の是正措置命令を発したことについては当事者間に争いがない。)。
(4) 補助参加人は、春男から督促を受けつつ、被告に対し、再三にわたって、建築基準法を遵守するよう行政指導した。その間、被告は、補助参加人に対し、将来北海道恵庭市に工場を建設したときには被告建物から工場を移転する旨述べたこともあったが、昭和五〇年ころ恵庭市に工場が完成したにも拘らず(因に、同所では従業員約一〇〇名を使用してプレス加工等を行っている。)、工場の移転を実行せず、現在に至るまでなお被告建物内でプレス作業を継続して行っている。
4 被告の講じた防音対策
<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 被告は、被告建物から流出する騒音を減少させるべく、以下のような処置を講じた。
(1) 昭和四七年ころ、被告建物に取り付けられた屋外階段の各段にマットを敷いた。
(2) 昭和四九年ころ、被告建物一階の天井に吸音材を貼り付けた。
(3) 昭和五二年ころ、被告建物一階の出入口扉(別紙図面(二)表示の(二)の位置に設置されたもの)の開放状態による騒音の外部流出防止のため、右扉に自動開閉装置を取り付けた。
(4) 昭和六二年三月ころ、被告建物一階の窓三か所(別紙図面(二)表示の(イ)、(ロ)、(ハ)の各位置)を取り壊して、コンクリートを塗りこんで閉鎖し、さらに、西側道路に面したシャッター付出入口のガラス戸(同図面(二)表示の(二)の位置に取り付けられたもの)を引戸に作り替えた。
(二) 被告は、出来るだけ被告建物内の騒音源と原告建物との距離を離すためにプレス機械を移動した(別紙図面(二)表示のとおり。なお右移動の時期は証拠上明らかでない。)ほか、前認定のとおり昭和五九年六月ころ比較的騒音の大きかったプレス機械二台(ノートン一〇トン油圧プレス一台、クランクプレス三〇トン一台)を被告建物から撤去した。
5 原告建物から発生する騒音
証人甲斐春男の証言(一部)及び第一回検証の結果によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証人甲斐春男の証言中原告建物内に設置してある機械を稼働させても騒音は発生しない旨の証言は前掲乙第八号証及び第一回検証の結果に照らし措信することができず、ほかに右認定に反する証拠はない。
(一) 原告建物において主として稼働させている機械は放電加工機とワイヤーカットであり、フライスを稼働させるのは一か月につき一週間位で、かつ、その稼働時間は一日につき一時間ないし二時間程度である。
(二) 第一回検証時に、原告建物一階の工場に設置されている機械を稼働させたところ、同工場内中央付近において次のとおりの騒音レベルが測定された。
(1) ワイヤーカット二台と放電加工機二台を稼働させたばあい
六四ないし六五ホン
(2) ワイヤーカット二台、放電加工機二台及びフライス一台を稼働させたばあい 六九ないし七〇ホン
(3) ワイヤーカット二台、放電加工機二台及びフライス二台を稼働させたばあい 七一ホン
6 暗騒音(交通騒音及び生活騒音)
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一)(1) 第一、二回検証のいずれにおいても、近くの高架軌道上を京阪電鉄の電車が頻繁に通過し、西側道路上を自動車や単車が絶え間なく往来し、それらの走行音が可成聞えた。
(2) 第一回検証における暗騒音(交通騒音)の測定結果は次のとおりである。
(ア) 電車通過時
敷地境界付近(別紙図面(一)表示の④の位置) 五八ホンあるいは六二ホン
原告建物二階(別紙図面(一)表示のfile_8.jpgの位置) 四九ホンあるいは五一ホン
(イ) 自動車、単車通過時
右④の位置
六六ホン、七一ホンあるいは七五ホン
右file_9.jpgの位置 四八ホン
(3) 第二回検証における暗騒音(交通騒音及び生活騒音)の測定結果は次のとおりである。
(ア) 電車通過時
右④の位置
五五ないし六三ホン(ピーク値)
右file_10.jpgの位置
四三ないし四七ホン(同)
(イ) 自動車通過時
右④の位置
六三ないし七五ホン(同)
右file_11.jpgの位置
四五ないし五五ホン(同)
(ウ) 原、被告両建物に設置してある機械の稼働を停止させて、右④の位置において、暗騒音(生活騒音)の騒音レベルを五分間隔で三回測定したところ、中央値はいずれも四九ホン、九〇パーセントレンジの下端値はいずれも四六ホン、上端値は六一ホン、六二ホン、六四ホンであった。
(二) なお、電子測器が昭和六〇年一一月一八日暗騒音を測定した結果は次のとおりである。
(1) 別紙図面(一)表示の⑥の位置(原告建物北側外壁面に設置された窓から北側へ三〇センチメートル離れたところ)で被告建物のプレス機械の稼働を停止したときの騒音レベル 五〇デシベル(A)
(2) 同図面表示の⑦の位置(被告建物北側外壁に取り付けられた屋外階段中二階の踊り場)で被告建物内のプレス機械の稼働を停止したときの騒音レベル
五四デシベル(A)
(3) 同図面表示の⑤の位置で記録された交通騒音の騒音レベル
バス通過時 八〇デシベル(A)
トラック通過時 九〇デシベル(A)
乗用車通過時 七九デシベル(A)
電車通過時 六四デシベル(A)
三差止請求について
1 被告が被告建物においてプレス機械を使用することによって生ずる騒音が、右使用の差止を求めうる程度に受忍限度を超えているか否かについて考えてみるに、前記一2認定の騒音レベルの測定結果によれば、測定時刻、測定場所、運転機械の台数、負荷状態の相違があるので各測定結果を単純に比較して騒音の実態がどのようなものであってどのように推移したかを直ちには決することはできないが、少なくとも、原、被告両建物の敷地境界付近において、過去には規制基準を超える騒音が測定されたことはあったものの、それが徐々に減少し、第二回検証時(昭和六二年六月二三日)には最高でも五〇ホンが測定されるにすぎなくなったように、やがて、規制基準の五五ホンを下回るようになり、この状態は本件口頭弁論終結時においても継続していると推認される(弁論の全趣旨)。そして、右のように騒音が逐次減少したことは、被告のとった防音対策が他に促されてなされたものであるとはいえある程度功を奏したためであると推認される。ところで、第二回検証時に前記境界付近において測定された騒音レベルは、原、被告両建物内の機械をすべて停止し、自動車、電車通行時を除外した状態でさえ、日常的に四九ホンの生活騒音(暗騒音)が測定されることからいって、被告建物における操業の影響が大きく現われたものであるとはいい難いのである。むしろ、原、被告両建物のある付近一帯は、人や車両の通行が頻繁な西側道路に面し、かつ、京阪電鉄の高架軌道敷が近くに存在するため、自動車等や電車の通行時には、原、被告両建物境界付近で五五ないし七五ホン、原告建物二階内部で四三ないし五五ホンの測定値を示す程の騒音が頻繁に発生しているのであって、必ずしも閑静な地域とは言い難く、右通行音による生活への影響のほうが懸念されるとさえいえるものである。加うるに、前記認定のとおり、被告建物におけるプレス機械の作業音を敷地境界付近で実際に聞いた状況からしても、不快感等人体への影響を憂慮すべき性質の音でないことは明らかである。
してみると、原告が被告に対し差止を求める法的根拠が何であれ、いまだ差止めを求めうる程度の客観的妨害状態の存在は認め難いというべきであって、かつ、将来右妨害状態が発生するおそれのあることを推認するに足りる証拠もない。また、被告が被告建物をプレス作業の工場として使用を継続することが建築基準法上違法であることは前記認定のとおりであるが、このことは、私法上、原告に対し、その受忍限度を超えるような違法な侵害を与えているか否かの判断とは一応区別されるべきものであって、そのこと自体をもって差止の理由となしえないことはもちろんである。
2 よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の差止請求は理由がない。
四損害賠償請求について
原告は、被告建物から発生する騒音によって人格権を侵害され精神的苦痛を被ったとして、昭和五六年一一月一〇日から同六二年五月九日までの間に受けた精神的損害の賠償を被告に対し請求しているが、この点については、差止請求の肯否とは別個の判断を要するので、以下検討する。
1(一) まず、原、被告両建物敷地境界における騒音レベルについてであるが、(一)昭和五八年六月一〇日における測定値は六四ホン、(二)同五九年三月二二日における測定値は六九ホンあるいは七三ホン、(三)同六〇年一一月一八日における測定値は六三ホン、(四)六二年一月二七日(第一回検証)における測定値は五二ないし五五ホン、及び、(五)同六二年六月二三日(第二回検証)における測定値は四六ないし五〇ホンであって、右(一)(二)の測定値はいずれも被告建物を音源とするものであること(前記一2)、被告は昭和六一年一一月ころドビー二〇トンプレスとトルクパックプレス二五トンを被告建物から撤去してプレス機械二台を減らし、以後五台のプレス機械で操業していること(前記一1(三)(3))、昭和四八年から同五九年六月三〇日までの間被告建物内において運転されていたプレス機械になんら変更がないこと(同)、原告は被告建物完成後六か月程たったころ既に原告建物二階の窓を二重窓とし遮音、減音の措置を講じたこと(前記一1(四))、前記(一)ないし(五)の各測定値が通常行われていない作業条件に基づき特殊な状況の下に測定されたものであるというような特段の事情はなにも認められないこと、以上のことを総合すると、被告は昭和四八年ころから同六一年一一月ころまでの間継続して恒常的に前記敷地境界付近において規制基準を超えるような騒音を被告建物から流出させていたものと推認するのが相当であって、右推認を覆すに足りる証拠はない。
(二) 一方、第一回検証時(昭和六二年一月二七日)に原告建物内に設置されたワイヤーカットと放電加工機を稼働させたばあい同建物一階中央付近において六四ないし七一ホンの騒音が測定されたことは前記二5(二)認定のとおりであり、かつ、証人甲斐春男の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告建物における操業形態・規模が右検証時点に至って特に拡大したとか、設置機械を入れ替える等して特に大きな音を出すようになったとかいうような事情は認められないから、原告は、前項の期間中(昭和四八年ころから同六一年一一月ころまで)においても同程度のレベルの騒音を発生させていたものであると推認するのが相当である。
(三) 原告建物における操業時間が、平日午前八時から午後六時までで、日曜日、祝祭日休業していることは前記認定(一1(二)(2))のとおりであるが、<証拠>によれば、ごくまれに原告建物内の機械を二四時間作動させることはあるが、おおむね右操業時間に従い稼働していることが認められる。他方、被告建物における操業時間はいちおう前記認定(一1(三)(5))のとおり午前八時から午後六時三〇分までで、日曜日、祝祭日は休業ということになっているが、<証拠>によれば、昭和五六年末ころまでは右操業時間によらないで早朝から夜遅くまで操業することがしばしばあり、右時期以降はおおむね右操業時間に従うようにはしているが時々二時間程度残業したり、日曜、祝祭日に操業することもあることが認められる。
2 そこで、前記1の認定事実に基づいて考えてみるに、
(一) まず、原告は被告が発生させる騒音によってみずからの生産活動(精密加工業)を阻害され精神的苦痛を被った旨主張するところ、確かに被告が規制基準を超える騒音を相当長期間恒常的かつ継続して原告建物敷地内に流入させていたことは前記認定のとおりであるが、右騒音によって原告の作業能率が低下させられたということを認めるに足りる証拠はなにもない(原告本人の供述のうちには原告の事業活動が被告の発する騒音によって大きく影響を受けたという趣旨の供述部分があるが、右供述部分は原告建物内に設置してある工作機械がコンピューターの指示によって作動する全自動式のものであるという原告の供述に照らすと、ただちに首肯し難い。)し、かつ、原告みずから原告建物一階において操業する際に相当大きな騒音を発生させているということに照らして考えると、原告の右主張は到底認めることができない。
(二) 次に、原告は被告が発生させる騒音によって快適に居住する権利を侵害され精神的苦痛を被った旨主張するが、もともと、原告建物の一階は工場としての用途に供され、かつ、前認定のとおり相当大きな騒音を発生させているということに鑑みれば、たとえ昭和五七年一二月までは原告建物の二階が居住の用に供されていたという事実(前記一1(二)(3))があるとしても、少なくとも原告みずから操業をしている作業時間内については静かな居住環境の下で快適に生活する利益を自己の被保全権利であるとして被告に対し主張することはできないものといわなければならない。
ところで、前記四1(一)、(三)の各認定事実及び平野工材が騒音測定を実施した時刻(午後五時二九分から同六時三六分まで)を合わせ考えると、被告は昭和四八年から同五六年末ころまでは早朝から夜遅くまで操業することがしばしばあり、それ以降も原告が一日の操業を終った後なお操業を続けることが時々あり、右操業時には恒常的に敷地境界において規制基準を超える騒音を被告建物から流出させていたものであると推認するのが相当である。してみると、原告が原告建物を居住の用に供していた期間のうち、原告が損害賠償請求の起算日とする昭和五六年一一月一〇日から原告が転居する直前である同五七年一一月末日までの間の、原告の操業時間外における居住の平穏に対する侵害が金銭賠償をもって償われるべきである。しかしながら、さきに認定したような原告建物周辺の地域性、交通車両等に起因する暗騒音の存在、原告建物のうち居住部分と工場部分は区画されているとはいえ建物全体として観察すると工場としての用途目的をも有しているということから居住空間としての性格を弱められていること、被告の残業の頻度が証拠上明確でないということなどを考慮すべきであり、たとえプレス機械による騒音が衝撃性を伴ったものでありそれ自体耳障りなものであるとしても、また、被告が原告の申入れや補助参加人の行政指導を尊重する態度を欠いていることから原告が騒音による不快感をより一層募らせたということは推認するに難くないとしても、前記諸事情に鑑み慰藉料額の算定は控え目になされるのが相当である。結局、本件訴訟にあらわれた一切の事情を総合斟酌すると、昭和五六年一一月一〇日から同五七年一一月末までの間について、かつ、その全期間を通して、被告建物から発生する騒音によって原告が被った精神的苦痛に対する慰藉料としては五〇万円をもって相当と認める。
なお、被告としては原告が原告建物に居住していることを了知していたことは明らかであるから、原告の終業後も昼間と同様の態様をもってプレス機械の稼働を継続すれば原告方の住居の平穏が害されるであろうということは当然認識しうべきであったのに拘らずその予見を怠ったということはいいうるから、被告には原告の人格権を侵害するにつき少なくとも過失があるものというべきである。
(三) 原告は被告の発生する騒音によって原告建物への復帰を妨げられ転居(昭和五七年一二月)後も居住生活を侵害されている旨主張するが、本来、もとの住居に戻ることができないことによる不利益と現実に居住の平穏を害されていることとは被侵害利益の内容としては異なるものであるというべきであるし、昭和六一年一一月ころ以降は被告建物から流出する騒音が規制基準を下まわっているとみられるから被告の操業と原告が原告建物に復帰しないこととの間にはなんら因果関係を認め難いし、また、右時期以前についても被告が既に昭和五六年末ころからおおむねみずからの定めた操業時間に従って操業していることからみて原告は被告の発生する騒音によって原告建物への復帰を妨げられているとは言い難いといわなければならない。
五以上の次第であって、原告の本訴請求は、慰藉料五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年二月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九四条後段を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官髙山浩平 裁判官平田豊 裁判官亀田廣美は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官髙山浩平)
別紙物件目録
守口市橋波西之町三丁目七〇番地所在
家屋番号 七〇番五
鉄骨造陸屋根三階建工場倉庫
床面積
一階 48.55平方メートル
二階 48.55平方メートル
三階 48.55平方メートル
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